若旦那の夢【参代目の挑戦】

4月27日から5月6日
日本が誰も経験したことのないゴールデンウィーク10連休
もちろん僕も亀山温泉ホテルも、誰もかれも手探りで迎える10連休営業でした。

不安はいっぱい、
仕入れは大丈夫か?
みんな乗り切れるか?
施設の不備や故障が出たらどうする?
はたして満室になるのか?

そして料理長の交代がゴールデンウィーク前であることでのお料理体制と現場の困惑。

色んなリスクと不安を抱えて迎えたゴールデンウィークでした。

どうも参代目です。

2019年5月1日より令和時代に変わりました。
それを受けて思ったことがこちら




亀山温泉ホテルにとって
昭和は創業における 初代である祖父の時代であって
平成は引き継いだ 2代目である父(会長)の時代を経て
令和は発展飛躍していく 参代目である自分の時代なんだってこと です

父が事業承継をして代表になったのが平成元年3月27日
僕が事業承継して代表となったのが平成30年7月1日

30年の時が経ち亀山温泉ホテルが残り、そして令和に引き継がれた。
この事実に目を向けて、そして4代目である子供達(継ぐという意思決定をした際には)の新時代への
橋渡しになっていたいなって思う。


Youtubeに夢中になる左4代目(8歳)と右4.5代目(6歳)


今月5月で 参代目体制が事業承継して1年が終わります。
様々な挑戦と変化をさせました1年が終わります。
結果は出たもの、継続中のもの、大いなる学びに終わったもの、まだまだできていないことたくさんあります。
退社したスタッフもおります、新しく仲間になったスタッフもいます。

選択と意思決定の日々、大いなる重圧と責任感、そして達成感とやりがい
いろんな想いを形にしていく毎日が365日経とうとしています。

また振りかえりのブログは書こうと思いますが、何とかなったぁ―色々と
そんな思いです。

令和時代に突入した令和元年から2年にかけて 亀山温泉ホテルグループ
令和チャレンジ10を考えています。

またそれも追って発表します。

それでは本日も笑顔と元気で頑張りましょう。






今日が平成最後の日、そして明日からは令和と元号が変わりますね。

平成元年、僕は小学校3年生の終わりだった。
ちょうどその頃僕が通う君津市立坂畑小学校は創立100周年記念に伴い
校舎の建て替えが行われ、タイムカプセルが埋められた。

そのタイムカプセルの止めた時間が30年
偶然かどうか、開封は今年令和元年の7月なのであります。

その時の記念誌を見る機会があって僕は思いっきり心に刺さって深い深い感銘を受けることになりました。

それが30年前、平成元年当時9歳からの未来への39歳の僕へのメッセージ
そこに書かれていた将来の夢だ



よの中のこまっている人をたすける人になりたいです 鴇田英将


小学校3年生と言えばちょうど長男である4代目と同じ年
鴇田英将という難しい字を漢字で書いていることにも驚いたが

なんと大志を抱くような夢だったことか
具体的な職業ではなく

具体性のない 世の中の困っている人を助ける人になりたい という大きな大きな夢

はたして今の僕はこの時の描いた夢のプレゼントに、しっかり答えられているのだろうか・・・。

例えば旅館を継ぎたいとか、○○の職業に就きたい というならば 叶ったか叶っていないか判断できるけど
職業ではない生き方を夢でプレゼントしてくれた30年前の9歳の僕には 頭が上がらない

そして心に刺さり、1週間たった今もまだ心がざわついている。

俺は本当に今 困っている人を助けられている人でいられているのかどうか
30年前の自分に対して、つまりは子供である二人にとって 自信ある胸を張った生き方しているのかどうか

今の自分の生き方、経営者としての在り方、考え方
そして人の接し方、これからの自分の道 全てを この言葉に教えられた気がしました。

2019年つまり令和元年7月に、30年ぶりに開封されるタイムカプセルにはどんな夢や希望、そして想い出が眠っているのか、全校生徒を含め関係者200名楽しみです。僕はその実行委員会メンバーです



今まで現場の事やりながら考えていたとは違って
結構ずっと数字とにらめっこしたり、社外交渉したり、銀行行ったり、計画造ったり
頭を使うことが多くなってきました。

御陰様でスタッフにも恵まれ、お客様への最前線には最高のスタッフがおもてなしをがんばってくれています。
サービス最前線にはパートナーである女将がみんなをリードしてくれています。

僕はと言えば・・・



真っ赤な亀Tを身にまとい、パソコンとにらめっこ。

いまにらめっこしているのは 亀山温泉ホテルの人件費についてどう改善していくかとういこと。

人件費を把握するうえで指標となる数字がふたつあります。
それが 売上高人件費率と労働分配率


売上高人件費比率とは、売上高に対する人件費の割合を言います。売上高から営業. 利益を算出する際に控除する「売上原価」及び「販売費及び一般管理費」に人件費が. 含まれることから、売上高人件費比率は、売上高営業利益率と表裏の関係にあります。

一方

労働分配率とは企業において生産された付加価値全体のうちの、どれだけが労働者に還元されているかを示す割合。これは「人件費/付加価値」で算出された%で表す。

分かりやすく言うと 1個300円の材料原価で作ったおまんじゅうを1個1000円で10個販売し、1万円売り上げがありました。販売するのにかかった時間は5時間で時給1000円で人を雇いました。
時給1000円の人を5時間雇ったので その日のお給料は5000円、その場合の売上高人件費率は 50%
つまり売り上げの半分は お給料に支払うということ。

材料費はは300円×10個で3000円
つまり売り上げの10000円から材料費の3000円を引いた7000円が利益

この利益に対して、人を雇ったお給料がどれだけの割合なのかの数字が 労働分配率です。
このケースで言うと 5000円÷7000円で 71%

なかなか高い数字ですね。
ここでいうFLコストという数字もあり、売上の中に原価と人件費がどれくらいかかっているかという数字なんですが、このケースの場合 80% ということになりますね。

これは非常に高い数字です。
もし経営を続けていくとなると、毎日2000円の中から 家賃や水道光熱費、保険料や広告宣伝費などを捻出していく事になりますね。

食材原価を下げるか、お給料の時給を下げるか、働く時間を短くするか、売上を上げるか
何かしらの手段を講じないと、赤字で潰れてしまいますね。

ってことで亀山温泉ホテルのとある4月の週の売上高人件費率と、労働分配率を計算してみました。


曜 日    売上高人件費率    労働分配率
土曜日      17.4%     20.4%
日曜日      35.4%     41.6%
月曜日      48.7%     57.3%
火曜日      40.8%     48%

ちなみに当社がお願いしている税理士法人のTKCのデータによると
平均的な旅館ホテルの
売上高人件費率は31.2%、
労働分配率は38.4% とのこと

上記の数字からわかることは 当館は 土曜日はとっても素晴らしく会社が回っているのに対し、平日は人を持て余しているということに他なりません。

土曜日はお部屋が埋まり稼働率も高くなるけど、平日は埋まらないので稼働率が低くなる。
それに伴ってパートアルバイトをコントロールすればこの数字は多少改善されるでしょう。
今まで父と母の経営手法はその方法でした。
暇なときはみんな休ませて、忙しい時に人を頼んで働いてもらう。
すべてが地元のパートさんだったからこそ、そのコントロールが出来ていたのに対し

僕はどうしても社員を雇って会社を盤石な体制にしていきたかった。
つまりそこにかかる固定給の重みが、暇であろうと忙しかろうと、平日だろうと休前日だろうと同じお金がかかってくることが、これだけの数字の上下を生み出すのだなぁと思います。

だからって人の雇用に対して臨時パートやコントロールすることにだけ注力はしたくありません。
あらゆる可能性を模索して、売上を伸ばすことでこの数字を適正化させたいと思っています。

まずは実態把握、そして改善提案、そして試行錯誤の
PDCAを回します!!






昨日は次男4.5代目ショウ旦那の保育園の卒園式でした。
卒園生14名の小さな小さな保育園ですが、長男も次男もここでたくさんの思い出をつくることが出来ました。
お世話になりました先生方には心から感謝申し上げます。

きのうのその卒園式名の中で、胸をぐっと熱くすることがありました。
それは卒園証書を授与され、舞台からおりて、保護者に向かってみんな将来の夢を大きな声で発表するんです。

「消防士さんになりたいです」
「ケーキ屋さんになりたいです」
「サッカー選手になりたいです」
「美容師さんになりたいです」

お子様の成りたい職業ランキングに上位をにぎわすお仕事がやはりここでも人気でした。
ちなみに2年前に同じように卒園した長男4代目チビ旦那も
「消防士さんになりたいです」と言っていたのを覚えています。

さて次男のショウ旦那が発した言葉は お察しの通り


ホテルのお仕事をしたいです


僕の胸にズドーンです。
何となくいつも夢はって聞いているので、少しずつホテルのしごとに興味を持っていることは気付いておりましたが、みんなの場でしっかりそれを口にした次男には感動を覚えました。

お父さんとしても、経営者としてもこんなうれしいことないじゃないですか。


ただね、僕が反省しなくてはいけなかったのはそのあと家に帰ってきてから、あばあちゃんにそのことを報告した時でした。

今日次男が保育園で将来の夢を「ホテルの仕事をしたいです」って言ってたんだよ。嬉しかったなぁ
これで次男が長男を一歩リードだね

それを聞いていた8歳の長男はこう言いました
「えっそれって僕が次男にまけているってこと?」

ハッとしました。
そしてすぐさまこう言いました。
「まけてなんかないよ、君は消防士になりたいんだよね。二人ともなりたいものになればいいんだよ。その為に一生懸命応援するから」


自分が苦しかったです。
自分の中で旅館を継ぐと口に出した次男を、勝手に長男より先に進んだって表現したことを情けなくなりました。
それじゃただのプレッシャーだし、なりたいものになればいいと言いながらも、ホテル継げってパワハラしているような(この場合パワハラというかどうかwww)

確かに子どもたちに継いでもらいたいって思いはあるけど、自分の父親もそうだったように
継いでくれと言葉に出して伝えるものではないと思っている。

これは父に言われた言葉
「俺は一度だってお前に継いでくれって言ったことはない。でもそのつもりで育ててきたんだ」

大きな愛情と守られた環境の中で、歩みが自然とそうなったことを感じました。

この旅館を、この環境を守り伝えていく事が地域にとっても大切であるとして
それはこの子供たちがやらなければならないものではなく、やりたいと思うものでなければならない。


子供達の未来と選択肢は無限に存在しているのだから、親がかってに縛ってはならない。

いつかそんなことを口に出してくれる日を夢見ながら、どんな未来にも対応できるそんな会社にしていこうと思っています。




参代目の鴇田英将です。
ずっと書こう書こうと思っていたちょっとダークな事業承継に伴うブログです。
初めて言っておきますが、私は父と母との関係も良好で、2人の事が大好きです。
二人を否定する気持ちは全くなく、こうして事業承継をする会社があるってことが自分にとって何よりの事であることは断じて前置きをしておきます。

父との時間


僕は2018年6月1日より事業承継で実務をすべて引き継ぎ、7月1日には晴れて登記上も代表取締役になり、名実ともに代表取締役社長に相成ったわけですが、これがまた平坦にすんなりというわけにいかなかったことと、これからさらにもっと平たんではないことがおきたってことを記しておこうと思います。

僕が事業承継を考えていたのは 2013年ごろからです。これは過去のブログにその流れがありますのでご覧ください
想いの原点を書きつづったブログはこちらをご覧ください

そう2013年の時に心に決めた
「2018年5月に露天風呂を完成させて事業承継をする」ということ

実はこれに向けて2017年より動き続けてきました。
現状の把握、金融機関との話、現状の決算書の問題、そして大きな税金の問題・・・

まったくもって簡単な問題ではありませんでしたが、何より不安だったのは
いったいどういう状態なのかわからないこと

そう不安の正体をしっかり把握理解すれば、あとはそれに向けてどうすればいいかを筋道をしっかり立てればよいということ。僕はまず会社の状態をしっかり把握するために、会社の通信簿である決算書をとにかくしっかり見ることから始めた。そして各項目について分からないことを一つ一つつぶしていった。

それに伴い、顧問税理士を今現在お願いしている藤谷先生へ切り替えたことから一歩ずつ前進した。
なぜなら今までの会社の決算や経理処理は

・支払主義
支払うことで経理上に仕分けをするために、今現在支払いがどれだけあるのか、単月で黒字なのか赤字なのか、今現在未払いがどれだけあるかを正確に把握していなかったのだった。
これによって引き起こされた最大の問題が、2016年決算と2017年決算、事業が非常に好調で思った以上に利益が出過ぎてしまったのである。これは決算を迎えるまでどれだけの利益が積みあがっているのか見込みも含めて全く対策が出来ていなかったためだ。

その為に発生したこの2年間の法人税は 1000万円を超えた。
会社にしっかりとした内部留保があり、資金力がある企業であれば立派な納税になる。
しかし当時の亀山温泉ホテルには内部留保はなく普段の営業すら自転車操業で現金を回していたから、この税金の問題は非常に重く大きくのしかかった。

亀山温泉ホテルが前に進むには 利益を出すことで発生する新規の税金をたっぷり払っている以上に大きな大きな問題が、過去の税金の未納問題があったのを忘れてはならない。

また決算書は関連会社である さくらタクシーと亀山レンタカーの貸し借りがぐちゃぐちゃであったこと(亀山温泉ホテルの貸方とさくらタクシーの借方の数字が違っていたりとか(-_-;))
またそこに役員貸付と未払いとがぐちゃぐちゃに計上されていたりとか

長年非常になぁなぁと言っては言葉が悪いのですが、非常に複雑かつあまりに曖昧に処理され続けてきたこの決算書を、2017年?2018年にかけて藤谷先生と相談をしながら整理しながら、支払主義から会計原則である発生主義に切り替えを行っていった。

とにかく未払いの把握が第一命題であった。
黒字で儲かっているように見えるのに、未払いが計上されていなかっただけという状態からの脱却である。

だいぶ長くなってしまったので今日はこの辺で・・・